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2009年5月

ご挨拶

本日は瓏山72歳の誕生日、2組の娘夫婦に貰ったワインで父親や家内の写真に向かって乾杯です。
5月は、1日は母、31日が私、26日が長女のそれぞれ誕生日、そこに24日家内の祥月命日が加わって私にとって何かと意味のある月なのです。

23日に娘夫婦と墓に詣でましたところ、新しいお花が墓に供えられておりました。
仏教では3回忌ということになりますので、何方様かが手向けていただいたものと思い有り難いことに存じております。

ところで、家内の実家は浄土真宗、家内自身はプロテスタントの学校を出ております。
一方私の家は代々神道で、私自身は一応カトリックという複雑怪奇な取り合わせでして、結婚式もいろいろあった挙句、家内が譲歩してくれてカトリック教会で挙げましたものですから、葬儀も「推定的同意」のもとにカトリック教会で行いました。

ところがお墓のほうは、代々の祭事を墓地ゆかりの神社にお願いしていることから、納骨は神式で行い、十字架の印がついた骨壷と散骨する分骨を神官さんにお祓いをしていただくという仕儀になりました。

神官さんも落ち着かれなかったことと思いますが、家内は墓の中で目を白黒させていたのではないでしょうか。深刻な問題であるのに、我ながらいい加減さもここに極まれりというところで、どちら方面からもお叱りを受けそうでございます。

神式に則れば、墓前祭は5年祭、10年祭ということになるのですが。

このブログは、独り身になったのを契機にどなたさまにも年頭のご挨拶を失礼することにしたため生存情報を発信することにしたことと、いまひとつには、独りになって何かと呟く相手もいないことから始めたものです。
2年が経過し、独り暮らしの生活もようやくそれなりに落ち着き、精神状態も安定してきたように思えます。

今宵誕生祝いの杯を独り傾けていると、「年男ももう何回も回ってこないんやから、ブログなどでぶつぶつ独りごとを言うのはそろそろいい加減にして、もっと世の中に出て行ったらどうなの。なにかもっともらしいことを呟いているようで、知ったかぶりで、ええかっこしいの本性がときどき透けて見えるし、このところまた、世の中をはすかいに見るあなたの悪い癖が出てきているよ」という声が天井(上?)のほうから聞こえてくるのです。

ご忠告誠にごもっとも。この誕生日を節目に、独りよがりのやもめブログについては卒業し、ひと月かふた月に1回程度の生存状況のご報告にとどめさせていただくことといたしましょう(更新が少ないと管理者のココログさんに叱られるかな)。

という次第でございますので、今後、瓏山の状況に関心を持たれる向きにおかれましては、半年に一回程度この陋屋にご来臨いただき、安否のほどを確かめていただければ有り難く存じます。

    頓首再拝

 小夜ふけて窓を鏡に「槍さび」を 舞えば写真の顔は綻ぶ

notes槍は錆びても名は錆びぬ 昔忘れぬ落とし差し
    笛は冴えても心は冴えぬ 秋の武蔵野露分けてnotes

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新型インフルエンザー2

インフルエンザ騒ぎ渦中の大阪で100名程度が集まった催しも、案ずるほどのこともなく無事済み、役割を終えて肩の荷が下りほっとするとともに、これで関西との最後のつながりもなくなり、やや寂しさも感じるというのは我ながら勝手なものでございます。

宴会場でのウエイターは流石にマスクなしでのサービスしたが、一流ホテルのロビーを行き来するスタッフのマスク姿には、衛生観念に劣る私と致しましては、やや違和感を感じましたね。

前夜、大阪の知人の話では、子供が熱を出して発熱相談センターに連絡したところ通常の風邪だろうということだったので、病院に連れて行ったら、熱があり咳があり発熱相談センターに連絡したというだけで診察を断られ、ぐったりした子供を抱えながら6軒目の病院でやっと診てもらえたとのことで、その病院には、同じような事情の人達が詰め掛け長蛇の列だったそうです。

こんなことでは、新型インフルエンザ対策にやっきになっている一方で、まさにそのお陰で緊急の病人が治療を受けられなくなるということが、今後また流行した際、大阪神戸に限らず、日本のどこでも平気で起こりそうですね(くわばら、くわばら)。

それにしても、あれだけ連日感染者数の推移などことこまかくこれでもかとばかり報道していたのに、ここ数日は、ニュースの最後に付けたし程度の取扱、マスコミの対応もいつもながらあっけらかんとしていますよね(マスコミさん曰く、「今回のインフルエンザシリーズはご好評裏に終了いたしました。次回からの北朝鮮シリーズにご期待ください」)。

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新型インフルエンザ

新型インフルエンザ、ここのところ毎日ニュースで大々的に報道され、そこらじゅう感染者だらけのような気にさせられます。
テレビで見る神戸などは、行きかう人々の殆どがマスク姿で、マスクをしていない人は衛生観念がないと看做されかねない状況ですよね(みんな防空頭巾を被っていたあの頃を思い出す)。

マスクの語源は一説によるとアラビア語の道化師からきているのだそうですが、そのうち、わが国も、一億総道化になるのでしょうか。
でも、女性に限って言えば、マスク姿も、瞳が際立って七難隠され、なかなか捨てがたいものではございますね。

それにしても丁度来週、大阪のホテルで、年に一回の老人の集会を予定しているところにこの騒ぎ、まったくもって「豚(とん)だところへ北村大膳」。今回のウイルス、老人は耐性があるということのようではありますが、なんとか無事開催でき、誰も病気に罹らなければよいのですが。

これまでのいささか徹底し過ぎかとも思える水際作戦などの対応は、今回のインフルエンザ対策というよりも、やがて全世界で発生必至とされるスペイン風邪なみの強毒性インフルエンザ発生に備えての政府機関の周到なる予行演習だったとすれば、先日の北朝鮮ミサイル騒ぎともあわせ納得できるような気もしないではありません。

ところで、今日のニューヨークタイムスをネットで見ていましたら、インフルエンザで死者まででている自国に関する報道は見当たらないのに、一面の下のほうに、「日本では神戸で感染者が拡大し、

  ’ hygiene-obsessed country、Japan’が大きなショックを受けている」という記事を見つけました。

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基地文化

ビッグバンドジャズを聴きに公民館の大ホールに出かけました。福生・横田交流クラブが主催、市と教育委員会が後援する米国空軍太平洋音楽隊によるジャズコンサートです。

混むのを想定して開場の6時前に着いたのですが、入場料無料ということもあるのか、早くも老若男女が長蛇の列をなしていました。

空軍音楽隊は、アンカレッジのエルメンドルフ基地、アジアの横田基地とハワイの3か所に拠点を持って太平洋地域全域で活動しており、今回初めての試みとして、エルメンドルフのユニット、’ザ・グレートランダーズ’が来日して横田の’ファイナルアプローチ’とのジョイントコンサートとなったものです。

音楽隊の前身は、グレンミラーが隊長をしていた陸軍音楽隊だそうですから、スィングジャズとは切り離せないですね。

軍服は着ていてもプロのジャズミュージシャンの演奏です。
きらめくブラス、木管のユニゾン、シング・シング・シングのジーン・クルーパを彷彿させる狂瀾怒濤のドラムソロ、聴衆を楽しませる演出の数々。地方都市の公民館がラスベガスの大劇場に。(こういうプロの技能集団を軍の組織の中に持っている米国の懐の深さを感じさせらるところでもあります)。

周囲は手拍子、時に掛け声、口笛を吹き鳴らし、演奏に溶け込んで楽しんでいます。これなども日本というより本場の聴衆の反応に近いように思われます。

われわれの世代も、連合軍(アメリカ軍)の占領によって、好むと好まざるとにかかわらず、水洗腰掛式便所の使い方をはじめ、かの国の生活様式、思考方式の影響を強く受け今日に至っておりますが、とりわけ当地においては、60余年に及ぶ米軍の日本における拠点基地との共存が、良くも悪くも市民生活のいろいろな側面に反映し、この地域に一種の「基地文化」のようなものを形成している様な気がします。

そう言えば、こちらでは、どこの店でも、パスタ、ラーメン、そばうどん、メインディッシュに至るまで、他の地域に比べかなり量が多く、食べ残しは良くないと躾けられている老人は平らげるのにいつも苦労するのですが。

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藤沢秀行名誉棋聖

藤沢秀行先生。囲碁界の泰斗、大奇人大変人、大酒呑み、競輪きちがい、一流の書家えとせとらえとせとら、まさに端倪すべからざる人物、世間一般の物差しでは測れない人でしたね。あのような人物の存在を包容した一つの時代がついに終わったんだという気もします。

アマ初段程度の分際で天下の藤沢秀行を気安く先生呼ばわり、僭越なのですが、先生の「プロもアマも碁を知らないということでは同じ」というお言葉に免じてお許しのほど。

それにしても精力絶倫、一世の快男児にあってさえ、老後は、かってのふくよかな顔が骨格を覆う皮だけになるというのは。

高尾紳路九段の追悼の言葉、http://blog.goo.ne.jp/s-takao-sanには胸を打たれます。

こうなれば、碁の真理を追究して勝負の結果には淡白(そうに見える)な高尾九段でも、さすがに今度の本因坊戦はなんとしても結果を出したいのではないでしょうか。

1ファンとしては、なりふり構わず髪を振り乱して勝ちにいく今までに見られなかった姿が見たいです。

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勝沼ワイン旅行

連休最後の日を狙って勝沼にワインを飲みに出かけました。6日の朝の中央高速、相模湖から小仏トンネルあたりにかけて車の大行列の上り車線を横目に、家から目的地まで1時間半足らずの快適なドライブです。

行先は勝沼町ぶどうの丘。20年ほど前、職場の仲間と甲府にドライブ旅行する途中立ち寄った記憶があります。山梨県産ワイン国内一の品揃えと、180種類のワインのテイスティングができるワインカーブを自慢にしております。

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取りあえず60本を目標にさっそく挑戦しましたが、30種類を過ぎたあたりで味が分からなくなり降参。口に含んで吐き出すのが勿体ない、えせテイスティングなのでいたしかたありません。

ワインカーブには皇太子ご夫妻が訪問された時の写真が大きく飾ってありました(かしこきあたりにおかせられても国産ワイン嗜まれるのでしょうか)。

目をつけたワインを昼食時に1本、夕食時にまた1本、葡萄畑の中、高台にあるレストランでは原価で出してくれるのが嬉しいですね。

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ワイン漬け、温泉漬けの幸せな2日間でしたが、あいにくの雨模様は残念でした。

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草薙の剣

草なぎ氏、起訴されずに済んだようですね。
かの優男、風貌からして20代の青年かと思っていましたが、
34歳とは立派な中年なんですね。
この頃は男の年も外見では分からなくなりました。

警察から釈放されたとたん、容疑者としての立場は変わらないのに、テレビ、ラジオ、新聞を問わず一斉に「草なぎ’容疑者’」から「草なぎ’さん’」に変わったのですが、もしその後起訴ということになったら、今度は、「草なぎ’被告人’」になったのでしょうかね。それとももっと格好いい他の呼び名を考えたかな(「草なぎ’メンバー’」とか)。

それはそれとして、酔って市中放歌高吟傍若無人、深夜の女子学生寮にストームをかけ、裸になって川に跳び込むぐらいは別に珍しいことでもなかったわれわれ焼け跡闇市戦後派の人間としては(われわれとひと括りにしたら怒られるかな)、不起訴になって、なにかほっとする感じではございます(昔は良かった)。

草なぎの「つるぎ」が難を招くとは御釈迦さまでもご存じあるめえ

(「何で日本武尊に御釈迦様が出てきはるの」)

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