ご挨拶
本日は瓏山72歳の誕生日、2組の娘夫婦に貰ったワインで父親や家内の写真に向かって乾杯です。
5月は、1日は母、31日が私、26日が長女のそれぞれ誕生日、そこに24日家内の祥月命日が加わって私にとって何かと意味のある月なのです。
23日に娘夫婦と墓に詣でましたところ、新しいお花が墓に供えられておりました。
仏教では3回忌ということになりますので、何方様かが手向けていただいたものと思い有り難いことに存じております。
ところで、家内の実家は浄土真宗、家内自身はプロテスタントの学校を出ております。
一方私の家は代々神道で、私自身は一応カトリックという複雑怪奇な取り合わせでして、結婚式もいろいろあった挙句、家内が譲歩してくれてカトリック教会で挙げましたものですから、葬儀も「推定的同意」のもとにカトリック教会で行いました。
ところがお墓のほうは、代々の祭事を墓地ゆかりの神社にお願いしていることから、納骨は神式で行い、十字架の印がついた骨壷と散骨する分骨を神官さんにお祓いをしていただくという仕儀になりました。
神官さんも落ち着かれなかったことと思いますが、家内は墓の中で目を白黒させていたのではないでしょうか。深刻な問題であるのに、我ながらいい加減さもここに極まれりというところで、どちら方面からもお叱りを受けそうでございます。
神式に則れば、墓前祭は5年祭、10年祭ということになるのですが。
このブログは、独り身になったのを契機にどなたさまにも年頭のご挨拶を失礼することにしたため生存情報を発信することにしたことと、いまひとつには、独りになって何かと呟く相手もいないことから始めたものです。
2年が経過し、独り暮らしの生活もようやくそれなりに落ち着き、精神状態も安定してきたように思えます。
今宵誕生祝いの杯を独り傾けていると、「年男ももう何回も回ってこないんやから、ブログなどでぶつぶつ独りごとを言うのはそろそろいい加減にして、もっと世の中に出て行ったらどうなの。なにかもっともらしいことを呟いているようで、知ったかぶりで、ええかっこしいの本性がときどき透けて見えるし、このところまた、世の中をはすかいに見るあなたの悪い癖が出てきているよ」という声が天井(上?)のほうから聞こえてくるのです。
ご忠告誠にごもっとも。この誕生日を節目に、独りよがりのやもめブログについては卒業し、ひと月かふた月に1回程度の生存状況のご報告にとどめさせていただくことといたしましょう(更新が少ないと管理者のココログさんに叱られるかな)。
という次第でございますので、今後、瓏山の状況に関心を持たれる向きにおかれましては、半年に一回程度この陋屋にご来臨いただき、安否のほどを確かめていただければ有り難く存じます。
頓首再拝
小夜ふけて窓を鏡に「槍さび」を 舞えば写真の顔は綻ぶ
槍は錆びても名は錆びぬ 昔忘れぬ落とし差し
笛は冴えても心は冴えぬ 秋の武蔵野露分けて![]()
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