家内の葬式を出す日の朝、喪服をまといながらふと心に浮かんだある感慨がありました。
なんとなく口ずさんでいましたら、一首の和歌らしきものになりました。
その後、どういうわけか、これまで歌などに無縁だった私が、折にふれての心境を「歌のようなもの」に凝縮して託すことに興味を持つようになりました。
どうも、家内との別れがきっかけになって、私のような無粋な人間にも歌心のようなものが芽生えたのかも知れません。
夫婦というのは、親子と違って血のつながりは無いのに、親や子供以上に生きていく中での時間をながく共有する不思議な存在だから、片方の欠落がこのような感情を誘発するのでしょうか。
昨年の秋ごろでしたか、ネットで読売新聞を読んでいましたら、万葉集の最終歌が大伴家持によって詠まれてから1250年になるのを記念して編纂する「平成万葉集」への短歌が募集されていました。
選者には、錚々たる歌人に加え、私の憧れの的である檀ふみさんも入っています。
壇ふみさんのお目に留まるのであれば、試しにちょっと応募してみようかということで、ジャンル的には挽歌になる数首を選んで投稿し、そのまま忘れていましたら、今年の3月初旬になって、あなたの作品が3次の選考を経て最終選考の候補に残っているということで、応募内容の確認の文書が送られてきました。
さてこうなると採用されるかどうか大変気になります。3月が過ぎ、4月も下旬になるのに何の音沙汰もなく、やっぱり駄目だったか、もともと和歌の基本もやってないのだから無理だよな、と諦めていましたところ、今朝、ポストを覗きましたら、何と読売新聞社からの入選のお知らせ、結構気分が高揚しましたね。
なんであれ久しぶりの合格の知らせです。こういう知らせは、年取った庶民にとっては、位階勲等など抜きに嬉しいものでございますな。
うきうき
(「まるで学校の入試に受かったみたいな喜び方やね」)。
でも、こんなことを言いそうな人間との別れがきっかけでこの結果を生じたと思えば複雑な心境にもなるのですが。
29日の昭和天皇誕生日に、採用の歌(千首なのですから自慢にはなりません)が読売新聞本誌とHPに発表される予定のようなので、読売新聞、近くのコンビニに買いに行こうかなと思っています(「ひょっとして読売巨人軍の読売、嫌いではなかったの」)。
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