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2008年10月

切れる

最近の報道で「切れる」という表現が多いのですがこの表現、報道する側にとって便利ですよね.
質問に対し、相手が当然の反論をしているケースであっても、この言葉を使うことによって、正義を代弁して質問する側は常に冷静であるのに、うさんくさい相手は弱点を突かれて感情的になっているという印象を巧まずして一般の人々に与えることができますからね。

この「切れる」という表現は本来の日本語の使い方ではないし、使うにしても、感情の抑制がきかずに暴言を吐くとか人を傷つけるとかの反社会的行動を称していうもので、語気を強める程度の一般のやり取りの表現に使われるべきものではないでしょう。

自分の気に入らない反論に対して、安易に「切れる」という表現を繰り返し使うのは、マスコミの傲慢であると同時に語彙の貧弱さを示すものではないでしょうか
(声あり、「しょっちゅう切れてはあたりかまわず暴言を吐く生来の癖、古希を過ぎてそろそろ治りましたかね?」)。

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元気な大阪

来月の会合の打ち合わせがあり、6月末に引っ越して以来初めて大阪に出向きました。
ここのところの不景気のなかで、大阪の地盤沈下さらに進んでいるのではないかと思っていたのですが、結構、建設工事用のクレーンが目につくのですよね。

大阪駅北ヤードの開発も活発に行われております。
かっては東京の汐留に次ぐ存在であった巨大な梅田貨物駅の面影もいまは殆ど失われ、
近い将来には、現在の汐留シオサイトと同じ風景になることでしょう。
この貨物ヤードが職場であった人間の一人としては、時代の流れに一抹の寂しさを感じる現象でもあります。

永年の懸案であった京阪電鉄中之島新線が開業して、都心の田舎であった大阪国際会議場へのアクセスが便利になり、行政と市民団体が進める水の都計画も大川、道頓堀川周辺で具体化しつつあるなどやっとすこし活気が出てきたような気もします。

橋本知事の元気がありすぎる言動があちこちで波紋を呼んでおりますが、ここのところの底知れぬ関西の低迷を抜け出せるような感触を与えてくれているのも事実ではないでしょうか。

離れていても大阪が元気になってくれそうなのは嬉しいことでございます。

それにしても今回の阪神タイガース、あの体たらくは!

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着物と踊り

毎週踊りのお稽古に通うので、かなり手早くいくつかの方法で帯を締めれるようになりました(勤め人になった頃、ウインザーノットでネクタイを締めれるようになって得意になっていたことを思い出す)。
こうなると着物を着て颯爽と出歩く機会を増やそうという意欲が出てくるのですが、もう単衣というわけにはいかず、襦袢など身につける物も増えてくるのでそうそう気軽にもいきません。

押入れの片隅にあって、これまで見向きもしなかった衣装箱に父親のものらしい着物、襦袢、羽織、袴などがあるのを、今になって興味深くひっくり返しているのですが、どれをどのような状況で着たらいいのかわからないというのも困ったものです(つれあいに教えてもらっておけばよかった)。

それにしても踊りというのは、女性の纏う着物の美しさを極限にまで表現するためにあるという見方もできますよね(その意味では肉体の美しさをこれも極限まで主張するバレーとは対極にあるのでしょう)。

過日、お師匠さんの一門のおさらい会を見に行って特にその感を強くしたのですが、
上手な踊りは、衣裳の特徴をひとつひとつの動作によって最大限に引き出しているのだろうと思います(男踊りの場合もある意味そうではなかろうか)。
この辺は、踊りの巧拙などわからぬ素人の目の付け所かもしれません。

それにしても、いよいよ迫る発表会を前に、「とってんしゃん」と、お三味線の節が耳について離れないこの頃の瓏山でございます。

舞扇妻の遺せしかざしつつひとさし舞わん初の舞台を

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運動会の子供たち

過日、孫が通っている小学校の運動会にいそいそと出かけました。なんと敬老席というのが市長などが座る来賓席の隣に設けられていまして、座ると担当の先生が、ちゃんとお茶托にのったお茶を勧めてくださいます。これだから老人はやめられません。

子供は、自由気ままに遊んでいるのも無邪気で可愛いものですが、こういった場で、規律を守り統制のとれた子供達の動作を見ていると、「健気」、「可憐」という言葉が浮かんできます。ところどころ子供らしく綻びつつもきびきびとした集団行動に彼らの限りない可能性を見る思いで、”年老いた心”も高揚しますね。

老人になると、次世代(次々世代か)がしっかりしてほしいという遺伝子の思いがより強まるということなのでしょうか。

前夜からの小雨が降り続き肌寒い天候でしたが、子どもたちは気にする様子もなく元気いっぱい、それに渙発されたか昼前後には快晴となりました。

心身ともに晴れ晴れとした一日でした(声あり、「ところで私たちの孫、駆けっこ何等賞だったの?」)。

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基地の街ーその2

1960年から15年続いたベトナム戦争当時、この街は米軍兵士の住宅が基地を取り巻き、兵士を対象とした、商店、飲食店、バーなどが密集しておりました。

当時の盛況見る影もないこの頃ですが、散歩している町のあちこちに、そのころの面影が残されていることに気がつきます。

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典型的な米軍宿舎、廃屋になっています。

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これらは、改修されて住民が住んでいます。

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芝生が刈り込まれたフロントヤード付き住宅も残っています。

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商店街に残るレストラン

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基地の街

日曜日、米軍基地と東京環状道路を隔てて並ぶアメリカンスタイルの店々は、若者で賑わいます。

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どっと繰り出したクラシックカー行列

バンドは、ハワイアンあり、ウエスタンあり、ジャズあり

011 009 014 007 016 017 019 店はハロウィーンの飾り付け

裾の下からジーンズがのぞくシスターは一応十字架のペンダント

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いもたま

北海道の秋の収穫(出来秋)第一陣はジャガイモと玉ねぎ(いもたま)です。
毎年この時節になると某所からブランドものの玉ねぎを大量に頂戴するので、このところ玉ねぎのレシピには詳しくなりました。

といっても、独身の男としては、手間がかからず、ゴミの出ないものに限られます。
このところのお気に入りは、玉ねぎ、チーズのおかか掛け。

玉ねぎ一個を細かく刻み(くし型とかいろいろ刻み方があるようですが、かまわずとにかく切り刻む)、そこにとろけるチーズをたっぷり振りかけ、電子レンジに4,5分ほり込み(ラップをかけてはいけないー念のため)、出来上がったら、鰹節をどっさりふり掛けて食するのですが、これがマキシムやトゥールダルジャンのグランシェフも裸足で逃げ出すというすぐれものなのです。

時間も包丁を握ってから口に入るまで10分とかかりません。

気分によってオリーブ油を加えたり、出来上がりに黒コショウを振りかけたりします。
オイルサーディンなど付け合わせるのもいい。

天気の良い朝、洗濯し、掃除して、ちょっと本など読み、昼になったら、ベランダに干したシャツやパンツの間から顔を出す富士山を望みながら、これを肴にビールというのはまさに男の贅沢というものでございます。

最近、さすがに食品や調味料の原産地表示を確かめるようになりました。
しかし末端まで残存農薬などのすべてを確かめるのは到底無理だということに気がつきました。

私としては、余命10年程度とすれば、その程度で許容できる範囲でなら、多少の毒性あるものでも別にかまわないと思いますが(だいたい普通飲んでる薬などある意味では毒の塊ではないのか)、但しその分普通のものより価格が安くなければ(消費期限切れといってそれこそ毒性もないのに山ほど廃棄されているものがもったいないと思うのは乞食根性なのだろうか)。

世の中にそれなりの仕組みができれば、無駄に廃棄される物も減り、環境面にも寄与すると思うのですが。

当然、私ども老人と違い、幼児、子供やこれから子供を産む大人が食うものは、これは最大限の注意が必要なのは言うまでもありません(特に若い女性は、老人のようにインスタント食品や外食に頼るのでなく、お化粧する暇があるのなら、次世代のためにも、自分で食べるものぐらいは自分で作ってほしい)。

ただ、食物の安全はもちろん必要なのですが、空気や水の安全、人生が嫌になったという奴に思いがけず殺されるということのない安全も同時に必要なのですよね。

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灼熱のラテン

過日、中米4カ国(グアテマラ、パナマ、コスタリカ、ホンジュラス)の音楽祭(Viva! Centro America)に出向きました。

久しぶりの中野サンプラザのホールは国際色豊か、2000人近く入る盛況です。
マリンバの超絶技巧、ガリフナ太鼓の響き、カリビアンスタイルの強烈なビート、熱帯雨林にひびくようなフォルクローレ、舞台を舞い踊るサルサ。

さらに印象的だったのは、果てしなく続くかのようなアンコール、3、40分は続いたでしょうか。
4ヶ国のスタイルの違うアーティストたちがステージ上、一緒になって演奏し、歌い、踊り、
観衆は総立ちで手を振り腰を振り掛け声をかけて熱狂(およばずながら瓏山もおくれじと立ち上がってせめてもの手拍子です)。

サービスというよりも、ラテンの血が限りなく騒ぐという感じである種の感動を受けましたし、
ラテンの音楽は、本来演奏と踊りが一体となっているのだということもよくわかりました
(邦楽の「静」とは対極にありますよね)。

終了後、昔よく出入りしていたカラオケ酒場に立ち寄り,久しぶりに女主人相手に駄法螺を吹いて、酔歩蹣跚、夜半過ぎに帰宅しました。

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精神梗塞

このところ、どうも会合に出るのがますます億劫になっている自分に気がつきます。狭いお付き合いの中に安住していて、日ごろあまりお目にかかっていない方たちの中に出たくないのです。

そのような場で、近況をいちいち説明するのが面倒だし(不遜)、慰めの言葉を掛けていただくのは有難いのではあるけれど、心の片隅にあまり構ってほしくないという気持ちがちょっと顔を出し(何たる不遜)、相手の気遣いに素直に有難うと言えない偏屈な自分を自覚させられてしまう、そのことが嫌ということでもあります。

ひょっとしたら、ひとり者の老人の死亡率が高いのはこのような「精神梗塞」のせいかも知れませんね。精神梗塞で脳梗塞にならぬよう、当面は、同世代のみめうるわしい女性のみなさんとの舞踊のお稽古に励まなければ。

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訃報

人生の大半を過ごした職場での上司、先輩、同僚、後輩とは、
良くも悪くも、公私にわたる濃密な時間を共有しております。

そのような一人である敬愛する先輩の訃報に接しました。
初秋の一日、生病老死は人の宿命であることを今更ながらに感じさせられます。

数年前奥さまを亡くされ一人暮らしの身でしたが、去年私が同じ境遇に陥った時も、男同士の言葉で力づけていただいたものでした。

ご一緒した嬉しい酒、悲しい酒、どうでもいい酒、舞い上がる酒、奈落に落ちる酒、さまざまな場面が改めて思い出されます。

勤め人生活に有終の美を飾られた人なので、さだめし葬儀は盛大でしょう。
ご薫陶をいただきながら期待に応えられなかった人間としては、数々のご本人との思いを胸に、ひっそりとお通夜に出席したいと思います。

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