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2022年11月20日 (日)

文化祭

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6日の文化祭の舞台は10分の長丁場、勇壮な踊りなので、足を高く上げて踏み出す六方などの振り付けが数多くあるのですが、85歳の老人は、なんとか姿勢を正し、よろめかずに踊りきることができました。
あと何年続けられるでしょうか。

市内の3流派から14名の出演者中、男は私一人。いつも思うのですが、花柳、藤間、若柳、西川、坂東の5大流派は勿論のことながら、数多い各流派とも、家元はまず男性なのに弟子は殆ど女性という不思議な社会なのです。
もっとも、華道、茶道など、古来、女性の嫁入支度とされてきた日本文化に共通する現象なのかもしれませんね。

2022年10月22日 (土)

雨の五郎

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当福生市の文化祭は、毎年文化の日を中心に邦楽、洋楽、日舞、ダンスなどの演示、生け花、書道、絵画などの展示などのイベントが開催されており、老生は、市舞踊連盟の舞台で、長唄「雨の五郎」を踊ります。これは、曽我の五郎十郎兄弟が父の仇工藤佑経を討つ物語で、歌舞伎3大仇討ちの一つ。

三回り、四回りぐらい年下の女性の師匠にしごかれながらの稽古で、老人には難しい振りが多いのですが、認知症の予防にもなるかと思いながら取り組んでおります。
去年は無観客での開催だったのですが、今年は有観客、勇壮な男舞いなので、連盟出演者中最高齢者としてはよろけるなど無様な姿を舞台上に晒さないよう頑張らねば。

 

2022年10月 8日 (土)

遠藤周作など

このところとみに進行する頭と体の老化を自覚するようになりまして関連する本など読み漁っております。

   ただすぎゆくもの 帆かけたる船 人の齢 春夏秋冬(枕草子)

この1週間に読んだ本。

在宅ひとり死のススメ 上野千鶴子
80歳の壁 和田秀樹
一生呆けない習慣 松原英彦
ずぼらストレッチ 鎌田實
などなど。

中でも遠藤周作1987年刊行の「死について考える」は彼が死去する9年前の作品なのですが、「沈黙」「海と毒薬」など深い考察に基づいた作品や、狐狸庵シリーズでの軽妙かつユーモアにあふれた作品群それぞれの奥にある彼の人間性が、読者に向かっての対話形式で語られる中に現れていて、作家というより一人の老境に至った人間の率直な思いとして共感することが多かったです。

文中の「信仰というものは99%の疑いと1%の希望だ」ベルナノス(仏)とか、「青春時代は肉体の季節、中年は心と知恵、老年は魂の季節」シュタイナー(独)という言葉も、老人のわが身にはなるほどそうやなと思わされるのです。

亀井勝一郎、正宗白鳥、國木田独歩など同時代の作家たちの「死」に対する考え方も紹介されていて、35年を経た今でも読み応えあるものとなっており、改めて遠藤周作のフアンになりました。

〇今日から世の中は三連休とか。365日連休の当方にとってはどうってことないんですが、それにしても最近の気候変動には悩まされます。
昨日の最高気温は13度、まだ10月初旬なのに初めて空調を暖房にしました(経産省に怒られるやろか)。
今日の予想は24度だそうです(とほほ)。

 

2022年9月18日 (日)

国葬

英国エリザベス女王が亡くなりましたね。
お若い時の笑顔もいいが、老境に達してからの皺だらけの笑顔が特に素晴らしかったです(「見習わなあかんな」「笑顔のない老人は惨めやもんね」)。
その笑顔の裏にある元首としての矜持があってこそイギリス連邦王国女王として70年間君臨できたのでしょう(「”長生きも芸の内”ゆうからな」「女王に向かって失礼やないの」)。

ところで、英国王室の正装は軍服なのですね。
軍務に服することは貴族エリートにとってノブレスオブリージュとされてきたことを象徴する姿なのでしょう。

我が国の皇室において明治、大正、昭和と続いた天皇の軍服姿は、たとえ正装でないにしろ戦後77年を経た世の中でも未だに考えられないことなのですが(自衛隊員の街中での軍服姿を見ることもありません)。

それにしても、連日の英国発トップニュースで、我が国の国葬はすっかり影薄くなりました。
国家元首と首相の違いはあるにしても、改めてユナイテッドキングダムの格式を感じさせられます。
27日の葬儀はどんな形になるんやろか。

〇「高齢になると自分を取り巻く環境もまるごと高齢化する」(小田嶋隆)といいますが、確かに最近は、住処の高齢者専用住宅は言わずもがな、各種クラス会、勤務していた会社の集まりなど周りはすべて老人、あまつさえ身の回りの耐久消費財までも高齢化で劣化、PC本体、キーボード,ロレックス、血圧計、テレビ、シャワートイレなどなどここに来て軒並不調となり、老人は苦戦しております。
以前は苦労しながらもぼつぼつと気長に直していたのですが、当今は取り組むのも億劫、いつも頭の片隅に何かが引っかかってる感じで、いらいら、鬱陶しいことこの上ありません。これも老人病なのでしょうか、それとも累積したワクチンの副反応とやらでしょうか。

その中で、踊りの世界だけは高齢社会の例外、二回り三回りいや四回りも年下の女性軍に囲まれ厳しく指導されながら11月の市民文化祭の舞台に向け、最高齢出演者として長唄「雨の五郎」の稽古に励むこの頃です。

2022年8月24日 (水)

命日

今日8月24日は父の命日。

77年前の真夏、酷暑の地ビルマ(現ミャンマー)ビリンの、野戦病院とは名ばかりの掘っ立て小屋で、おそらくは汗みずく看取る人も無く38歳の生涯を閉じたのであろう父親を思えば、クーラーをかけながら暑いなどと言ってはおられません。
 
今年も一掬の酒を霊前に供え、「海往かば」を献奏して我が国存続のために命を捧げた一人の男を追悼し、孫子の成長を見守ってくれよと祈願しました。

第2次大戦の我が国戦病死者230万人、民間の死者80万人。戦後77年、生き残った我々は彼らの犠牲に応える世の中を作りあげてきたのでしょうか。

  戦場に倒れし男の命日に
                           かそけくもたゆたふひとひらの思い出


〇夏の高校野球大会では、仙台育英が東北勢として悲願の初優勝。監督、主将の言葉からは高ぶることのない東北人特有の純朴さが伝わってきて大いに好感が持てました。
このところの統一教会問題で見苦しい言い訳を連発する政治家達の姿に対する一服の清涼剤ですよね。

  甲子園凛々しく戦う若き顔 VS. 言い逃れする政治家の厚顔

2022年8月 2日 (火)

蝉しぐれ

今年ももう8月、蝉しぐれに包まれながら緑豊かなここ西多摩で早朝の散歩をしております。

近況
・ ワクチン接種は、インフルエンザ、コロナ4回、高齢者肺炎対応とワクチン漬けの日々、体内にワクチンは山積するも老人は猛暑で干からびております。
この分では コロナなどには罹らなくても、副作用の累積や酷暑や蟄居生活でおかしくなり他の病気に罹患するのが怖い(搬送先の病院が見つからなくて野垂れ死にするかも知れず)。
・書籍は、電子書籍(書棚が満杯になるので専らkindleを使用していたのですが)からこのところ紙媒体に復帰。
やはりPCの画面を目を凝らして見るより、木陰のアームチェアなどに座って気ままな姿勢で本の重みを感じながら読むというのが読書の本来の楽しみ方なんですよね。
・テレビはこのところもっぱら音声を消して視聴、ニュースはフリップが出るし、テーマによってMCや出演者が言ってることは概ね想像できる。 
余計な情報に惑わされず広告の騒がしさにも悩まされずにすみます。

そう言えば、最近辞書をひくことことも少なくなりましたね。
書棚にある、漢和、英和、西和、古語・故事・諺、漢詩名句、4字熟語、地理地名などの辞典辞書を取り出すことも絶えて無くなりました。
オンラインで容易に検索できる便利さに辞書をひく楽しさが奪われているのではないか、果たして知識の集積に寄与しているのだろうかと自問自答するこの頃です(ところで近頃の子供は辞書ひいてるんやろか)。

それに、文書のやり取りも、もっぱらメールやラインになり、筆をとって紙に書くことも少なくなりました。
たまに書こうとすると字がぞんざいになっており、あまつさえ漢字も書けないケースがあるのに危機感を覚え、何とかせなあかんなと思っていたところ、巡り合ったのがポプラ社が刊行している「えんぴつで」シリーズ。
これは、徒然草、方丈記など古典の文章を鉛筆でなぞれる仕掛けで、文章の美しさに触れながら、字の練習もできるという優れもの。今は、「えんぴつで枕草子」で清少納言の世界を楽しんでおります。

実は、これは出口治明APU学長が昨年1月脳卒中で倒れ、1年余りの闘病生活を経て職場復帰を遂げるまでの経過をまとめこのほど出版された「復活への底力」の文中で、取り組んだリハビリのひとつとして紹介されていたものなのです。
大学学部同窓でもある出口氏については、古今東西の古典に通暁する知の巨人として常々尊敬しているのですが、難病に冒されても運命を受け止め前向きに生きようと身体と脳の過酷なリハビリに懸命に挑戦する姿に改めて心を打たれました。

今後も立命館アジア太平洋大学学長として車椅子でのますますのご活躍を期待するものです。

2022年7月13日 (水)

元首相狙撃される

安倍元総理が奈良での参院選応援演説中、狙撃されて亡くなりました。
有名人の死亡で各界から挙って追悼の声が上がるのは通例としても(かって「安倍なぞ人間でない、叩き切ってやる」といった大学教授をも含め)、今回の場合、各国の首脳からのメッセージ(英国王室からも)の多さとその好意的な内容に驚かされました。

外交辞令の範疇を越えて故人が世界から評価されていたことを知るとともに、グローバル時代における日本の立ち位置の重要さに改めて気付かされましたね。
 
ただ、今回の事件が衝撃的だっただけに哀悼の念が一層深まるのは当然のこととしても、故人があたかも完全無欠、非の打ちどころのない人間であったかのように「光」の側面ばかりが取りあげられ称賛される一方、人間なら当然持っている「陰」の側面がややもすれば忘れ去られがちになるという世の中の風潮については、どうなんやろかと思う天邪鬼の老人です(勿論功罪にかかわらず追悼する気持ちに変わりはないのですが)。

〇4回目のワクチン接種、熱などは出なかったのですが、日頃の生活が惰性に流れ、何事にもやる気が出ないのは副反応なのでしょうか。それとも単なる老化現象なのでしょうか。

ぼけっとしながら過去を振り返る時間が多くなり(でもそこに登場する人物の名前は忘れている)、明日に向かって何かをしようという気が湧かないのは我ながら困ったものでございます(考えるのは今日は何を食おうかということぐらい)。
尺八を手にしたり碁石を触ることも少なくなり、踊りの振りをなぞるのだけは辛うじて続けておりますが、名取になるなど夢のまた夢。

でも、先日亡くなった評論家、小田嶋隆氏を追悼する森本あんり東京女子大学長の次の言葉にわずかに慰められております。

”人は笛を吹く楽しみを知っていなければならないが、あまり上手すぎてはいけない。熟達しようとすると、人間性の他の部分を犠牲にして努力してしまうからである。
ちなみに、古代ギリシアではこれを知る人を円環的な教養人と呼ぶ。
たとえば、「趣味といっても彼の腕前はプロ級で」などというのは、実のところ無教養の極みだろう。何にせよ適量を過ぎると、人は不幸になる。
そのことを心底よく知っていた小田嶋は、結局のところまあまあ人生を楽しんだ幸せな人間だった。そう思うことにしたい。”

(踊りも尺八も囲碁もひっちゃきになってやらんでもええんや)。

2022年6月22日 (水)

当世マスク考

〇 俗に「色の白いは七難隠す」といいますが、当今は「コロナマスクは七難隠す」なのではないでしょうかね。
鼻の低さ、口の大きさ、歯並びなどマスクに覆われて見えず、化粧した睫毛の下の目がすべて。
行きかう女性が皆そこそこ美人に見えるのはマスクの効用、コロナのおかげかも(「その言い方、やっぱりメールショービニストやね」)。

でも、コロナ騒ぎが終わっても、七難隠すマスク掛けの習慣はこのまま続いてしまうのでしょうかね。
与謝野晶子ではないけれど、”今宵会う人皆マスク”の祇園の夜道など私奴としては想像するだに背筋がうすら寒くなるのですが。

ちなみに私奴の場合、鼻ぺちゃで曲がった口元、欠けた前歯、しみ皺だらけの顔を晒しながら、免疫力をつけるため日光を浴びて街歩き、但し世の風潮に逆らう不遜不埒な奴だとマスク警察に捕まらぬよう、胸ポケットには殊更見えるようにひも付きのマスクを覗かせております。

〇ところで、このところ世の中はますます老人の住みにくいところになってきたようですね。
お上は、三密回避ということで「人と付き合うな、おしゃべりするな、カラオケなんてとんでもない」、電力不足なんだから「クーラー使用は適切に(これって無暗につけるなという意味ですよね)」などと言うばかり、おまけに物価は上がるけど年金は減らすよと。
この分では、コロナに罹らなくても熱中症やフレイル化、認知症の進行で老人の死亡者はますます増えるんではないですか。
老人が減れば社会保障費削減にも寄与するということかも。

〇 2年ぶりに大腸内視鏡検査を受けました。
老人は大腸がんで死ぬケースが多いので年に一度は検査した方がいいよとお医者さんに言われているのですが、事前に下剤で腸を綺麗にする作業がとにかく億劫で、つい延び延びになってしまうのです。
2年前はポリープ2個、その前はポリープ3個(内1個癌性)切除したのですが、今回もやはりポリープが1個出来ており切除、癌性あるか生検中。
今後1週間禁酒を強いられるのが、何とも鬱陶しい6月21日夏至の今日でございます。

 

2022年6月 2日 (木)

85歳

5月31日、85歳になりました。
馬齢を重ねるという言葉がぴったりくるねという感じです。

過去の出来事について、それは何年前だから当時自分は何歳で何処で何をしてたんだと自分の年に引き比べて思い出すことが多くなったのも年のせいでしょうか。

実は、私の戸籍上の誕生日は6月4日、おそらくは父親が当時の戸籍法上の規定を超えて出生届を出し遅れたんだろうと思っているのですが、8歳の時死別した父親(某大学法学部出身だったのに)に確かめるすべもありません。

ただ、私は母親から、お前の誕生日は5月31日だよと言い聞かされて育ちましたので(ちなみに母の誕生日は5月1日、長女の誕生日は5月26日、更に言えば家内の命日は5月24日、5月には縁があります)、成人して戸籍謄本を取るまでこのことを知りませんでした。
大学の卒業証書記載の生年月日が戸籍謄本と違うということで、行政書士一次試験免除の手続きで苦労したこともありましたね。

今年の誕生日には、この春就職した孫が初めてワインをプレゼントしてくれたのですが、これまで小遣いを渡していたのがいよいよ貰う方になったかと嬉しくもあり、かつ感慨深いものがありましたね。
これも人生の一つの節目なのでしょうか。

2022年5月24日 (火)

祥月命日

今日は家内の祥月命日、15年の歳月は思ってみれば早いものです。
一緒に暮らした41年間の内、言い争いをしてこの野郎と思ったことも結構あったのですが、今となって思いだすのは良い思い出しかないというのが不思議です。

遺品の整理をしていて出てきた舞扇、娘時代、市の親善交流団の一員としてヨーロッパに派遣された時使用したものを大事に取って置いたものなのでしょうが、それに触発されて鰥夫が始めた日本舞踊も15年となりました。

道を歩いていて道端の花や飛ぶ小鳥を見るとすぐその名前が言える人でした。
花鳥風月の徒だったというべきでしょうか。
で、当方は詩歌管弦の徒?いやいや酒に淫し徒に放歌高吟する輩というべきか。

娘や孫たちがまずまず順調に暮らしているのを見守ってくれているんだと思う15年目の命日です。。

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