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2020年4月 5日 (日)

桜の多摩川堤

このところのウイルス禍で、たとえばスペインのパラドールは国営ということもあって全館休業、エアラインでいえば、UA,シンガポール航空など軒並み大幅減便しているのですが、これら海外のエアライン、ホテルなどから、顧客に対し、減便などに対する理解の要請、cancelポリシー、マイレージポリシーの見直し、採られている安全確保対策などにつき、CEOが直接語りかけるメールが増えてきました。

我が国のJAL,ANA,大手ホテルなどは苦戦しているという発信はあるのですが、このように、直接顧客に対し現状を説明し理解を求める経営陣からのメッセージは今のところ見かけません。

JTBなど大手旅行会社も、世界に蔓延するウイルス問題は他人事であるかのように、今までと変わることなく海外旅行を売り出しているのですが、何か能天気ですよね。

私奴といえば政府・都の自粛要請を拳拳服膺するなかで、ウイルスに負けぬ免疫力保持のため、日光を浴びながら一人多摩川べりの散歩を楽しんでおります(「「3密」やのうて「3疎」とゆうことやね」)。

  ウイルスはいずくにありや陽の光
            花ふぶき舞う多摩川堤

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2020年3月27日 (金)

コロナ騒動続編

○遂にメールの受信箱がここ数日で、各国大使館・領事館からのコロナウイルス関係メールでほぼ占領される有様となりました。

それによれば、米国、欧州、東南アジアの殆どの国や地域で続々と外出禁止令が出され、飲食店やバーは閉鎖、結婚式も葬式も取り止め、航空機の運航もストップするというこれまでに経験したことがない事態に。

例えば米各州の外出禁止令下での可能な活動
・スーパーへの買い物
・レストランへのデリバリー注文やピックアップ
・薬局での薬の購入
・病院での診察
・ガソリンスタンドでの給油
・ウォーキング,犬の散歩(一人、距離・回数制限)
・他人の介護・食料、医薬品、家庭での必需品の調達
・「必要不可欠な仕事」のための通勤(ニューヨーク州などは全員テレワーク)

東京でも、この週末外出自粛要請が出されましたが、この後更にこのようなことになるのでしょうか。

楽しみにしていた京都の都踊りや国立劇場・能楽堂での歌舞伎・能・雅楽・お囃子などの公演は相次いで中止となり、ここ福生でも4月に予定されていた恒例のお地蔵さんのお祭りが遂に取り止めとなって披露のため取り組んできた踊りの稽古も無駄となるなど、東京の片隅に住む老人にも影響が及んで来始めております。

「内憂外患こもごも至る」と申しますが、このところ身の回りでもいろいろなことが起こっております。
・花粉症で眠れぬ夜が続く
・干物を噛み千切っていて入れ歯を壊す
・パソコン付属のDVD装置が突然壊れる
・踊りの稽古先の無料駐車場が突如廃業する
・住まいに併設されているクリニックの処方箋薬局が引っ越す
・贔屓にしていた地元の豆腐屋が店仕舞いする
などなど。

独居老人にとっては、このような時、気楽にぼけたりつっこんだり軽口をたたき合える相棒が家にいてくれず、友人にも会えないというのが特に鬱陶しさを増すのですよね(「それでのブログアップかいな」)。

でもひとつ嬉しいこともありました。
2週間前、大腸内視鏡検査でポリープ2個摘出(幸い今回は癌は発見されず)、その後禁酒を言い渡され無味乾燥の日々を送っていたのですがこのほど無事解禁、今日は満開の桜で桃色に染まった眼下の公園を住処から望みながら久し振りの花見酒です。

○毎朝聴いているラジオの外国語講座、それぞれ工夫が凝らされたストーリー構成でこの1年なり半年楽しませてもらってきましたが、今月で一区切りとなり、終わり方も各講師の特徴が出て興味深いものでした。

此の齢に至っては、語学力向上というよりはボケ防止のために来期も楽しみたいものでございます。
この情勢では、いつまた海外に行けるかもわかりませんし。

 

 

2020年3月13日 (金)

新型ウイルス騒動

時々海外に出向くこともあり、外務省の「旅レジ」に登録して、海外安全情報をメールで受け取っているのですが、このところのコロナウイルス騒動で、世界中の在外公館からの注意喚起メールが日に日に増えてきまして、今日などは受け取るメールの大半を占めるようになりました。

これを見ていると、現在世界のどの国のどの地方で感染者が何人発生しており、どんな対策がとられているかなど、メディアのニュースよりも早く正確に知ることが出来るのではないかと思います。
当初は、中国、韓国、東南アジアが主体だったのですが、今ではアメリカ、カナダなど北米、ヨーロッパ諸国、更にはアフリカ、南米各地の在外公館からのメールが増えてきて、まさにパンデミックなのだというのを実感させられております。

住まいしている高齢者サービス付き住宅でも、ボランティアによる各種イベントの中止、居住者へのマスク着用・外出自粛などの要請、浴場に入る時も都度体温測定、宅配業者も建物内に入れず荷物はマンションの入り口で受け渡すなど結構うっとうしいことになってきました。

外出はもともと花粉症対策で自粛してはいるのですが、一日中蟄居するというのが続くと気分が滅入りますよね。

各国で特に高齢者は自宅から出ないようにと指示されて居るようですが、日本でもこんなことになるようなら運動不足でますますよぼよぼ化、却って病気にかかりやすくなるのではないのでしょうかね。
老人には息苦しい世の中になりつつあるようです。

当方も、この分ではいずれ踊りの稽古に出かけることも出来なくなるのではと心配です(もっとも、それを披露する地元の春の地蔵祭りも開催が危ぶまれているのですが)。

さはさりながら、

          招かざる客は巷をうろつけど
            マスクする女(ひと)みな美しき

 (「晶子の本歌取りかいな」「清水寺や祇園の枝垂桜あたりもウイルス徘徊してるんやろか」)                         

「夜目遠目傘の内」に「マスク」も追加に。

 

 

 

2020年2月11日 (火)

マレーシア

マレーシアに行ってきました。

このところ中国発のウイルスで世間が騒がしい中、マレーシアにも感染者が出ており、空港など人混みの中に入ることにもなるので若干心配もあったのですが、思い切って出かけることにしました。

以前訪れた時は、セランゴールの蛍を鑑賞して翌日マレー鉄道でジョホールバル経由シンガポールという旅でしたので、今回の目的は、ただクアラルンプールとマラッカの街をエクスプロアしてみようかということでございます。

成田空港は、いつもより人出が少ないように感じましたが、空港職員、エアラインスタッフだけでなく、行きかう旅行者もほぼ全員マスク着用、それも鼻の高い欧米人がマスクをしているのは普段見かけることが無かっただけに一種異様な風景ではありましたね。

出国審査での熱検査も無事終えて、クアラルンプール国際空港までは、約8時間の旅。
現地の気温は35度、真冬から真夏へ、逆ヒートショック。

入国審査では、検疫官からサーモグラフィーで体温を計測され、滞在中発熱等の際の注意喚起がありました。
マレーシアでも警戒態勢が取られているようでひとまず安心。

街中では英語はまず通じません(「それはあなたの英語がひどいということやないの」「なになに、これでも一応英検準1級やで。”準”いうのが泣き所やけどな」)。
マレー語のほか中国語は通じるようですが。

マスクに関して言えば、こちらも入国審査官、空港職員、売店従業員、ガイド、運転手は全員マスク着用、泊まったシャングリラホテルのスタッフは流石にノーマスクでしたがホテルの受付カウンターでしっかり体温検査をされました。

今回の旅行で気がついたのは、あちこちの旅先でいつも見かけていた中国人の大集団が、空港でもホテルでも街中でも、全く姿を消していたということでした。
中国政府の団体海外旅行禁止令が如何に行き渡っているかということでもありましょう。

クアラルンプールの街中はランタン、提灯、幟など赤一色、現地の春節の最中なのに目立つのは赤い服を着てお祝いしている地元の人々のほかはマスクをした欧米人やインドネシアなど近隣諸国の旅行者(モスク礼拝のヒジャブの女性達もマスク姿)、大声の中国語が飛び交うのを聞くことはありませんでした。
いつもは騒がしい人たちだなと思っていたのですが、いざ聞こえなくなると些か寂しい気になるのは不思議です。

レストラン、商店街、ショッピングセンターはがらがら、街中を走る大型観光バスも殆ど見かけることは無く、今回のウイルス騒ぎが、ここマレーシアの観光産業にも大きな影響を与えていることを肌で感じました。

今度の旅では、もう一つ、今まで経験したことのないことが起こりました。
ご存知の方もあると思いますが、クアラルンプール空港はやたらだだっ広いうえに標識が分かりにくく、到着時にもビルをつなぐ連絡トレインの乗り場を探すなど入国審査場に辿りつくまで一苦労しました。

ということで、出国の際、マレーシア航空のカウンターで出発ゲートやビジネスクラスラウンジまでの経路を尋ねたところ、皺くちゃ爺さんの私の年齢を確かめたスタッフが、「お年寄りですね、ちょっとお待ちください」と奥に姿を消し、しばらくして別の職員を連れて戻って来まして、彼が案内しますと言うのです。

空港職員に空港内を先導してもらうなどというのは初めてなので、ちょっと面食らったのですが、有難くついていきますと、手荷物検査から出国審査まで行列に並ぶことなく優先して通過、トレインに乗りエレベーターを乗り継ぎラウンジに案内してもらい一休みしていると、搭乗時刻に再度顔を出してくれて搭乗ゲートはトップでスルーパス、機内の座席まで案内、荷物は棚にあげてくれるという、まさにファーストクラスでも受けられないような至れり尽くせりのサービス。
(「ひょっとして誰かセレブにでも間違えられたんやろか」、「ようゆうわ!言葉もおぼつかないよぼよぼ爺なんで面倒見てやらなんだら行き倒れになると思われたんと違う?」)。

だいたいマレーシアには、他の東南アジア諸国に比べ、ホテルのスタッフ、売店従業員、街のひとびとなど、概して親切で人懐こい人が多い気がするのですが、まあ何にせよ、今回のマレーシア航空の高齢者への”おもてなし”には老人心底感激いたしました。

マレーシアンホスピタリティに乾杯!

また行ってみたい。

 

 

 

2020年1月27日 (月)

令和の新春

令和の時代になりましたので、ブログアップは今回から不定期とすることにいたしました(「”れいわ”やから、不定期で”ええわ”ということかいな」)。

○令和2年元旦、上空は晴れていましたが、横田米軍基地の東端から昇る初日の出は地平線上の雲に遮られて今年は拝むことが出来ませんでした。

例年通り、享年38歳の父親の遺影に一掬の酒を捧げ、母、家内、祖父母の写真に新年の挨拶、伊勢丹から仕入れてきたお節料理を広げ、見晴るかす白妙の富士を望んで一人酒盛。

「恨むらくは世にありし時 酒を飲むこと足らざりしを」(陶淵明)
ということにならぬよう、今年も酒道に精進したいと思います。

      馴れ遊ぶこともなかりしかんばせに 
                  酒喰らうたび挨拶の我


それにしても、酒というのは、飲んでる時はいつも飲み足りなく思うのに、翌朝になると飲み過ぎたと思うのは何故でしょうかね。

   

○1月17日は、死者6434人を出した阪神大震災から25周年。月日の経つのは早いものでございます。

当時、私は社務で1週間ほどアメリカ西海岸に滞在しておりました。
ロサンゼルスタイムスでその発生を知ったのですが、その紙面には神戸三ノ宮神社の鳥居が倒壊した写真が掲載されており、外国の新聞が報道するぐらいだから結構大きな地震だったんだなとは思ったものの、あれほどの被害が出ているとは想像できず、その後帰国して初めて、神戸が文字通り壊滅という大変な事態だったのだということがわかりました。

勤め先が全国組織を持つ運送会社だったので、その後半年程度は、救援物資の輸送をはじめ全国物流インフラの復旧確保に忙しい毎日を送ったことが今更ながら思いだされます。

神戸は私にとっても、幼稚園から高校までの青春時代を過ごした町、親族知人友人も多く住んでおり、その佇まい、匂いを知り尽くした街でした。今は、震災被害の痕を留めないまでに復興してはおりますが、その裏には、4分の1世紀を経てもなお拭い切れない虚しさ、寂しさのようなものが街のそこここに今なお漂っているように私には感じられるのです。

かっての陽気で明るい、世界に開かれた港町の雰囲気が戻ってくるのは何時になるのでしょうか。

 

○大相撲初場所は、千秋楽で西の幕尻、徳勝龍が大関貴景勝を破っての優勝。
インタビューでの受け答えは構えることなく自然体で微笑ましく、関西人らしい彼の人間性を感じさせられましたが、特に、場所中に急死した恩師を思っての男泣きには素直に心を打たれました。
徳勝龍は力士では珍しい奈良出身、かって一時奈良に居住し勤務していた私としても、にわかフアンとして大いに声援を送りたいです。

それにしても、なんと天下の大関が平幕最下位の力士に完敗とは。
大相撲も番付に関係ない世界になってきたのでしょうかね。
両横綱休場、大関豪栄道は陥落、関脇高安も大関復帰ならずという何とも不甲斐無い上位陣の中にあって平幕力士達の存分の活躍、いよいよ大相撲も世代交代の兆しが見えてきた令和なのかも。

2020年1月 2日 (木)

令和2年元旦

謹賀新年

令和2年元旦 暁闇の富士

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2019年12月29日 (日)

12月

12月の瓏山です。

いよいよ年の暮れとなりました。

去年のブログにならい、瓏山選ぶ今年の5大ニュースは、

1.年号、平成から令和に。
 昭和、平成、令和の3年代を生きてきたけど次の年号をみることはできるかな(「厚かましいね」)。
いずれにせよ、この74年間にわたり戦争を経験しなかった国は世界の中でも稀なのではないでしょうか。
令和の時代にあっても、我々は徒に平和ボケに陥ることなくして、かつ平和裡に過ごしたいものでございます。

2.5月、カンボジャ、シェムリアップに出かける。
 歴史から忽然と消えたクメール文明の壮大な遺跡を目の当たりにしました。
 東南アジアでまだ訪問していないのは、ラオスとフィリッピン、何時か行くことはあるでしょうか。
でもまた中国人の大群に遭遇するのでは。

3.ラグビーワールドカップ日本で開催、日本代表は初のベスト8に。
試合前、韓国人を含む多国籍の日本代表選手達が肩を組んで君が代を歌う姿に感動しました。

4.母の没後10年、妻の12年に際し、青山墓地で神式の墓前祭(20年祭はやれるかな)。

5.ローマ教皇来日。
 来日した教皇のメッセージは、他と競争して勝ち抜こうというのではなく、他人との共存を大事にしようという我々への呼びかけであったように受け止めました。
「徳不孤必有隣」という言葉は、ある意味通常の解釈の裏で、このことを表すものでもあるのではないでしょうか。

こうして見ると、この1年で自分に関する出来事は2件、趣味の世界は別にして、今年も世のため人のためになることもなく過ごした年ではありました。

来たる年は少しは地域社会や世の中に貢献できる年になるでしょうか(「オリンピック東京都ボランティアで頑張ったら?」)。

○最近読んだ本

内田樹、安田登著「変調日本の古典講義」
内田先生は、思想家として神戸女学院大学教授でありながら合気道の道場を持つ武道家でもあるのですが、日本古典芸能の世界にも造詣が深いということを、能役者である安田氏との共著を通じて初めて知りました。
武芸・芸能・思考の達人の対談を通じて身心一如の世界が史実に即して展開され、老人の知的好奇心を刺激してくれる一書でございます。

浅田次郎著「大名倒産」
久しぶりの奇想天外の浅田歴史もの、面白かったです。

 

○それにしてもNHK,日本至宝のラグビー日本代表の面々を、たかが紅白歌合戦前段の客寄せパンダに使うなど、国民を愚弄しているのではないですかね(「年寄りの今年の怒り収めやね」「公共放送の矜持が無いよな」)。

 

○今年は己亥(こがいつちのとい)の年、安岡正篤先生によれば、前年の戊戌の年で繁茂した無駄な枝を選定し、エネルギーを得て筋道を通すべき年だとのことでしたが、振り返って果たしてどうだったのでしょうか。
来たる年は康子(かのえね)の年、「康」は更新に通じ、あらたまる、継ぐの意、「子」は新しい生命力がきざし物事が増殖する意味があるとされるようですが、いずれにせよ良い方向に向かう年であってほしいものでございます。

 

 

2019年11月29日 (金)

11月

11月の瓏山です。

今年の月めくりカレンダーも残すところ1枚となりました。

○3日の墓前祭、娘夫婦に19歳、17歳、8歳の孫どもも挙って参会してつがなく執り行われ、一家の団結も改めて確認することができました。当日は小雨の予報だったのですが、幸い式の前後は降られずに済んだのは、墓の中の母と妻のなせる業だったのかも。

玉串奉奠の前に、神官のご了解を得て「アメイジンググレイス」と「海ゆかば」を献奏しました(「和洋折衷やね」)。
かってわが家のリビングで尺八を練習し始めると、耳栓をしてそっとその場から居なくなっていた妻も喜んでくれたでしょうか。

 

○フランシスコ教皇が来日しました。
38年前、前前代のヨハネパウロ2世訪日の時、私は札幌に勤務していたのですが、神戸にいたカトリック教徒の母が大変興奮していたのを思いだします。

雨の長崎爆心地公園での14分の反核メッセージもですが、教皇が記念碑に花輪を捧げた後、頭を垂れての長い黙祷が私には特に印象的でした。

聖職者による性的虐待、同性結婚、離婚の扱いなど、カトリックが現在直面している世俗的課題に解決を迫られている教皇ですが、テレビの画像で見る限り、柔和な表情の中にあってもその瞳には82歳の老人とは思えない鋭い光が宿っており、最末端の信徒の一人として、この人ならペトロの後継者として付き従っていけるのではないかと感じました(「神道の家に生まれたカトリック教徒の感想やね」「同じ82歳でも僕の眼エゆうたら腐った鰯の眼エみたいなもんやからな」)。

ところで、現教皇は、ベネディクト16世の前例の少ない生前退位によりその位につかれたわけですが、偶然とはいえ、今回の令和天皇即位の経過と似ていますよね。

 

○市の文化祭の舞台で、長唄「松」を踊りました。
今の私の技量では長唄、常磐津、清元と言った古典を踊らせてもらう機会はなかなか無いので流石に緊張したのですが、大ホールの聴衆の前でまずまずの出来だったと師匠や同輩から評価していただき、ちょっとだけですが自信がつきました(ただビデオを見れば、いまひとつ踊りにめりはりが無いんですよね)。

踊りもただ単に振りを覚えて順序通りに踊ればよいというものでなく(まあそれだけでも私奴にとっては大変なことなのですが)、「姿勢」、「緩急」、「間」というものがとりわけ肝要なんだということが、ここまで10年続けてきてやっと少しは体得出来てきたような気がします。
やればやるほど奥が深い芸能でございます。

あと10年は続けれるよう、体と頭を鍛えなければ。

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○国立劇場で、京舞の公演があり、チケットをいただいたので出かけてきました。

井上流の東京公演は21年ぶりということで、客席は天井桟敷まで満員、ロビーも男女の着物姿多く京都の雰囲気。
5世井上八千代さん以下祇園甲部の芸妓、舞妓総勢59人による上方唄、一中節、義太夫、長唄など大舞台に繰り広げられる優雅にして凛然たる井上流京舞を堪能(「祇園花街の国立劇場への引っ越しやね」)。
老人満足のひと時でございました。

 

 

2019年10月31日 (木)

10月

10月の瓏山です。

丹沢山塊の向こうに顔を出す富士も雪化粧の季節となりました。

○今年も三鷹の和風ライブハウス六瓢庵に菊聖公一と藤原道山の地歌尺八を聞きに出かけました。
60畳ほどの畳敷の部屋の前列に座れば奏者との間隔は平面で2,3M、身近にその息遣いを感じ、ほとばしり出る三味線と尺八の音を全身で受け止めつつ、指使いなどプロのテクニックをつぶさに見れる貴重な機会なのです。

今回も、八重衣など大曲の演奏を堪能するとともに、道山の尺八技法を少しだけ盗むことができました。

尺八も、ただ鳴らそうとか人にうまく聞かせようとか力めば力むほど鳴らないのですよね。
自分の作り出す音にひたすら耳を澄ませて吹くことによって、笛が感応している様子を感じ取るのが大事なのだと思います。
自分を声高に主張すればするほど相手に伝わらないのと一緒ですよね(「ただ、”言うは易く行うは難し”なんやね」「お説の通り」)。

   一枝の尺八知音すくなし 一休

○この月末は、何時も暇な老人にしては珍しく連日晩の予定が立て込み、二日酔いの毎日です。
来月3日は、青山墓地での母と妻の墓前祭、翌4日は、市の文化祭の舞台で「長唄 松」を舞うなど、今度は酔いしれてはおられない日が続きます。
このところ気温の変動も激しいので体調に気を付けねば。

 

2019年9月28日 (土)

9月

9月の瓏山です。

月めくりのカレンダーの枚数も残り少なくなりました。
毎朝聴いているNHKの外国語講座も、スペイン語、中国語は9月で一区切り、来月から新しい講師と内容になるということで、毎年のことながらこの時期になると、時の流れの速さを今更ながら感じさせられます。

○芸大の企画公演「和楽の美」、今年は題して「大江戸歌舞絵巻」を観に上野奏楽堂に出かけました。
このシリーズは毎回観劇しているのですが、能狂言、雅楽、お囃子、長唄、新内、オーケストラ、尺八、日本舞踊、果てはこれらが一体となった”日本流オペラ”など絢爛たる舞台芸術がこれでもかと展開されるのは、まさに芸大ならではといったところでしょう。

ただ、鬼面人を驚かす音響効果など演出は巧み、演目は多彩であっても、なにかもうひとつ心に響くものがなかったかなと思うのは贅沢というものでしょうかね。

当地福生文化会館には、MJQ、マンハッタンジャズクインテットが結成35周年記念公演ということで来演しました。
懐かしいMJQということで、客席には白髪と禿が目立ちましたね。
コルネットとサックス、ピアノ、ベースの絶妙のハーモニーと雄叫びのユニゾン、狂乱のドラムスなど技巧は相変わらず最高でした。

でも、これまた期待していた昔のような高揚感が今一つ味わえなかったような気がするのは、当方が老人になったせいでしょうか。

最近の台風被害への政府の対応や、増税に関する軽減税率やポイント制の問題などについて批判する世の中の声などには、そうだそうだと目を三角にして付和雷同する一方で、こういった芸術などに触れて素直に感動する感性が自分の中で干乾びつつあるようなのは、かなり危険な兆候ではないかと自戒するこの頃でございます。

それにしても、昨今コンプライアンスで話題の関電社長や日本郵政社長など、TVで自らの後ろめたさをおし隠しながら敢えて強弁する企業トップの顔を見ると軒並み人相悪いですよね(「そういうあなたはどうなのかな」「これは生まれつきやがな」)。
同じ社長でも一時代前の大田垣関電社長や石坂東芝社長などはそこそこ品格ある顔つきをしていたのですが。
今活躍のゴルフの渋野さん、将棋の藤井さん達の溌剌とした精気溢れる顔と引き比べなんという違いでしょうか。

日本企業においても世代交代が急がれます。

○この10月、母が亡くなって10年目の命日を迎えます。今年は妻が亡くなってこれも12年となりますので、母の10年祭に合わせ、妻のお祭りもすることとしました。
実は二人とも葬儀はカトリック・イグナチオ教会で行ったのですが、私どもの家はもともと神道で、青山墓地での先祖の墓前祭も当地の神社にお願いしてきており、今回も神式で行うことにしました(家代々受け継がれてきた祖先のお祀りと個人の宗旨は違ってよいのではという、まあ日本人的な理屈なのではございますが。「いわゆる神仏習合やね」)。

娘ばかりで家を継ぐべき男がいないということもあり、この際、娘孫どもに見せておかないと後々続かないのではということもあるのですが、私としての最後の勤めになるやもしれぬ墓前祭、母や妻は嘉してくれるでしょうか。

○母方の祖母は、お琴の宮城道雄先生のお弟子さん菊仲米州先生に家に来て教えていただいており、生田流のそこそこの弾き手だったかと思います。
父が戦死して6歳から母のさと神戸の祖父母のもとで育った私は、祖母の部屋でお琴を聴きながらうたた寝、その後祖母が点ててくれた抹茶をいただき、肩を揉むというのが日課でした。

後日、私奴が尺八を嗜むことになったのも箏の音の記憶からでしょうか。

ところで、その祖母が当時師匠やお友達との合奏を録音していたオープンリールのテープ数本が偶然箪笥の底から見つかったのです。
再生できる機器は当然周辺にはないので、ダビングできる店を探し回った挙句、漸く池袋に一軒見つけて持ち込んだのですが、なにしろ半世紀以上前のものなので、カビもあり修復できても時間がかかりそうです。

無事ダビングできた際には、あの世の祖母と「春の海」「笹の露」「千鳥の曲」など合奏できるのが楽しみです。

○いやあ、ラグビー日本代表、少なくとも私は予想しなかった対アイルランド戦完勝でしたね。
男同士の颯爽とした肉弾戦の80分、堪能しました。
試合そのものもですが、一番印象的だったのは、開会式で青い目の日本代表選手が日本人選手と肩を組んで日本国歌を歌っていたシーン、老人の心に響きました。

 

 

 

 

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