早朝講座
英中西などの語学講座で、半年間親しんできた講師たちの別れの挨拶を聞く月になりました、それにしても、振り返ってこの20数年間、一向に進歩しない語学力。
ただ、毎朝1時間半、それぞれ語順や声の出し方が違う言葉のリピート、オーバーラッピングでしゃがれ声を振り絞っていれば、少なくとも言語に関する感性も磨けるし、認知症の予防にもなっているんやないかと己を慰めるのです。
海外に出向く気力もここのところ薄れてきて、溜めこんだ航空会社のマイレージはお蔵入りかな。
英中西などの語学講座で、半年間親しんできた講師たちの別れの挨拶を聞く月になりました、それにしても、振り返ってこの20数年間、一向に進歩しない語学力。
ただ、毎朝1時間半、それぞれ語順や声の出し方が違う言葉のリピート、オーバーラッピングでしゃがれ声を振り絞っていれば、少なくとも言語に関する感性も磨けるし、認知症の予防にもなっているんやないかと己を慰めるのです。
海外に出向く気力もここのところ薄れてきて、溜めこんだ航空会社のマイレージはお蔵入りかな。
瓏山最近の7不思議
〇 領空侵犯した他国軍用機に警告射撃もしない自衛隊
〇 接続海域航行の他国軍艦を抑止できない日本政府
〇 日本人学校生徒が殺害されているのに、「こうした事件はどこの国でも起こり得る」などと平然という相手国に,ただ抗議するだけの日本外務省
〇 自民党総裁選,立憲民主党代表選
ついぞ笑った顔など見せたことない人たちが、相互に相手の手を高々と差し上げ、何故か満面の笑みを浮かべてアピールする異様な光景(笑うこともできるんや)
〇NLB球場広告。英語に交じって日本語の広告あれど、ハングル、中国語の広告は見当たらない(日本企業は隣国に比べ頑張ってるということか)
〇テレビを見れば、連日、延々と食い物と天気の報道(我々は食い物と天気にしか興味がないのか)
〇出演者は、ものを口に入れ、おしなべて天を仰いで感極まった表情(誰一人「いまいちやな」とでもいう人はいないのね)
世を拗ねるひねくれ老人の独り言
コロナ騒ぎが落ち着いたと思えば、連日の比類なき猛暑。それに加え今度は台風10号襲来。
不要不急の外出を避けよと言われれば、出かける用事など無い老人は、ひたすら蟄居し、飲んで食って糞して寝るだけの毎日、運動不足もですが,人と話する機会もないので、呆けが進むんやないかと心配です。
癒されるのは、デジタルで送られて来る孫どもの笑顔
干からびし身にほのぼのと孫の笑み
干天の慈雨 百薬の長
そのような中、3か月振りに都心に出かけ、帝国ホテルでの「とうざい踊り」を鑑賞。祇園甲部、新橋、金沢の芸妓舞妓さんが出演する年1回の催しで、3花街の雅で粋な踊りを堪能しました。
ただ、行きかえりの満員電車には辟易しましたね。
タクシー、ハイヤー使用できるような身分の人が羨ましい。
この分では、出歩くのもますます億劫になりそうです。
今日8月15日は、79回目の終戦記念日(ポツダム宣言を受託して連合国に降伏した日なのですが、この戦争を起こし、多くの国民に犠牲を強いた反省があれば、素直に敗戦記念日と言うべきではないでしょうか)。
この大戦での日本軍の死者数は、父親を含め約150万人。
毎年8月24日は、老生6歳の時にビルマ(現ミャンマー)にあった勤務先会社の現地法人に派遣され、現地召集され陸軍中尉としてタイ国境ビーリンの地で38歳の生涯を終えた父親の命日。
父親の2倍の年数を超えて生きさせていただいているのですが、年を取るごとに、面影も定かでない父親ではありますが、酷暑、設備もない母国から遠い地の野戦病院で、彼がどんな思いで死んでいったのかに思いを馳せることが多くなってきました。
息子は、28歳で寡婦になった母親に女手一つで育てられ、大学まで出させてもらえて今にあるのですが、両親を亡くし住む家もなくして路傍に彷徨っていた戦災孤児たちなど、もっと過酷な境遇にあった同年代の子供たちは無事成人したでしょうか。
戦後79年。戦争未亡人、戦災孤児、乞食、防空訓練、焼け跡、バラックなどは死語となり、薄汚れた白衣の傷病兵が物乞いする姿、パンパンが路上で客引きする姿、皇居前広場で平伏する人々の姿も過去のものとなりました。
我々が現在住み心地良く暮らしているこの社会は、150万人の戦死者一人一人の犠牲によって成り立っており、残された我々には、この人達に報いるためにも、国際社会に貢献できる平和な日本を作り上げていく責務があるんだということを、改めて年に一度は思い起こすべき、このところ比類なき猛暑の8月15日です。
炎天下 クーラーも無き異国病床で
死にゆく思い いかばかりかと
パリ五輪も4日目を迎えましたが、金メダルのスケボー吉沢選手14歳、赤間選手15歳、水泳松下選手18歳、体操女子団体8位平均年齢17歳など、未成年の若い選手の活躍が目立ちますね。
わが国の潜在活力を具現化してくれているようで、頼もしい限りです。
成績もですが、それら選手のインタビューへの応答も、金メダルなみにしっかりしたもので、若いながらもトップアスリートとしての気概と自負が感じられ、老人は感銘を受けました。
それにしても、柔道準決勝で敗退した阿部詩選手の試合後のマット上での会場に響き渡る号泣には正直ど肝を抜かれましたよね。
柔道の試合で、敗者が試合後の立礼も忘れ泣き崩れる姿はあまり目にしません。
対照的に、相手選手が勝ち誇る様子もなく静かに自然体で敗者が立ち上がるのを待っていた姿には、1964年東京オリンピックの決勝戦で神永選手を下したヘーシンク選手が、歓喜して試合場に駆け上がろうとするオランダ陣関係者を大手を広げ仁王立ちになり制止した情景が脳裏によみがえり、まさに「礼に始まり礼に終わる」の柔道精神が国際的にも根付いているのを見る思いでした。
今日も東京は36度、目玉が焦げるような暑さに、朝からぐったり、くたばっております。
それにしても、クーラーも扇風機も無く、熱中症という言葉も無かった当時の老人は、ひたすら干からびて寿命が尽きるのを待つ状態だったのでは。
それを思えば、この程度の暑さにへこたれていてはならぬとも思いながら、ひたすらビールを呷る毎日です(ビールは水分?)。
今年の市の文化祭では、小唄「白扇の」を踊ることになりました。
これで15回目の舞台となるわけですが、それなりに成長してきているのでしょうか。
取り合えず米寿を迎える来年までは、足腰を鍛えて頑張りたいものです。
87歳になった途端に、室内で転倒し、右手の小指第2関節を骨折、お医者さんに添え木ごと右手手首先を包帯でぐるぐる巻きにされました。
これまでの人生で、怪我はしても骨を折ったというのは、初めての経験です。
約1か月後の昨日、ようやく包帯が取れ、気分爽快な毎日を取り戻しましたが、長期間固定されていたせいか、薬指と小指にぎこちなさが残ります。
小指の第1関節の先がやや曲がっているのは腱の損傷で、これは手術するほかなく、あなたの年ではやめたほうがいいでしょうとお医者さんに言われてしまいました。
踊りで格好よく指先を伸ばすことが出来ないのは、ちょっと寂しいのですが(手は伸びず足は上がらず腰定まらず😢)。
6月20日の叡王戦最終戦、伊藤匠7段が8冠藤井叡王に勝って初の叡王位獲得。敗者が悔しさを押し殺し、潔く「負けました」と口に出して投了する姿には、いつもながらすがすがしさを感じさせられますよね。
勝者の高ぶることなく淡々と慎ましく感想を述べる姿にも好感しました。
勝負の世界では、野球、バレーボールなど、相手を倒して雄叫びをあげるシーンが多いのですが、相撲、柔道、またこの将棋や囲碁の対戦では、ガッツポーズなど素直に感情を表現することは無いように思います(最近、多少この傾向があるかな)。
1964年日本で開催されたオリンピック柔道無差別級でのヘーシンクVS神永戦、日本選手を下して優勝したヘーシンクが、歓喜してマット上に駆け上がろうとするオランダ関係者を、仁王立ちになり大手を広げて制止した姿が目に焼き付いています。
「礼に始まり礼に終わる」の柔道精神をオランダ選手が体現し、1972年5輪正式競技採用への道を開いたシーンでありました。
勝者敗者の感情表現、いろいろあっていいとは思うのですが、当方としては、どちらかと言えば、「勝って驕らず負けて腐らず」(加納治五郎)の態度を好ましく思うのですが(柔道初段 滅多に勝つことの無かった男)。
本日、87歳の誕生日を迎えました。何事もなくと言いたいところなのですが、先日、室内でよたよた歩いていて、ものに躓いて転倒、右手小指を打ち付けて腫れあがり、まだ痛みが残っております。
たかが小指と言いますが、小指に力が入らないと、結構日常生活に不便をきたすのですよね。
・拳が握りしめれない
・物が掴みにくい
・物を捩じるのに力が入りにくい
・ペンが持ちにくいので字がぞんざいに
・尺八が吹けない
などなど。
痛みが引かないので、6月4日になり外科で見てもらったところ、小指の第2関節が折れているとのことで、添え木をされ包帯でぐるぐる巻きにされました。字を書くのもタイピングもますます不自由、運転のハンドル捌きもぎこちなく、顔を洗い、尻を拭くのにも難儀。
改めて小指の持つ役割を再認識させられている87歳です(去年は頭を切り、今度はどこを痛めるんやろか)。
〇ハラスメントが話題になることが多い昨今ですが、遂に「フキハラ」というのが登場したのには、さすがに思わず「噴き」出してしまいました。
職場などで、上司が手下の失敗に対し溜息で不機嫌さを表明するのが、「フキハラスメント」だというのだそうですが、「セクハラ」「カスハラ」などに次いで、ハラスメント騒ぎもここまで来たかという感じです(そのうち電車の優先席の前に立って、眠った振りの乗客に離席を無言で強要する老人の「ジジハラ」「ババハラ」なんてのも登場するんやろか)。
このような事例は、これまでも世間に数多くあったと思うのですが、此処にきて社会現象として取り上げられるのは、我々が,ストレスに弱くひ弱になったということなのでしょうか(図太さではひけを取らない老人)。
こんな体たらくでは、お隣の国が攻めこんできたら、「それってセメハラやんか」などと言い募るばかりでお手上げということですかね。
三船敏郎が飲む「男は黙ってサッポロビール」のキャッチコピーが懐かしい(声あり「女はどうなんやの?いまどきなら不買運動が起きるで」)。